第９日

　５：１５起床。昨日居酒屋で作ってもらったおにぎりを食べ、７：４５出発。国道55号をのんびり歩く。徐々に登りとなり、山に向けゆっくりとした登りを1時間行くと、日和佐トンネル入り口到着。先着者がいた。お年は73歳で、自分のペースでゆっくり歩いているとのこと。お元気である。先に出発していかれた。
　今日の行程は20キロなので、足をいたわる為ゆっくり歩こう。日和佐トンネルは、６４０ｍで歩道もなく、なかなか怖い。後ろから車が来るというのは非常に怖いもので、車に向かうように右側を歩く。やはり、ヘッドランプを買ってきて良かった。ヘッドランプを左手に持ち、対向車に向けながら歩くと車がこちらに気付いて、よけてくれる。しかし、ダンプとのすれ違いざまは風圧にあおられよろけそうになる。そして、車の騒音がトンネル内で反響して、耳をつんざくほど。逆に、車がいなくなると、自分の杖をつく音だけが響いて気味が悪い。自然と足早になり、やっとの思いでトンネル脱出。
　すぐに番外泰泉寺への分岐点まで来た。往復８キロの距離。どうしようか迷ったがやはり今日は余裕を持って行こう。山間の国道の道を行く。足の痛さは相変わらずだが、新緑と鳥のさえずりを聞きながらの気分のいい歩きである。今日は、食堂らしいところがないようなので、小松大使の近くの店で、稲荷寿司と夏みかんを買い、国道脇の空き地で昼食とする。メニューは稲荷、カロリーメイト、りんど、夏みかん、こういうのもたまにはいいものである。
　ゆっくりと休憩をとり、歩き再開。ほどなく、牟岐の町に入る。今日泊まる予定だった民宿「あづま」発見。キャンセルの電話をしたとき、泊まらなくても是非寄っていくように言ってくれたのだが、宿には３時頃には着きたいので黙礼をして通過した。その先に牟岐警察署の建物、その前に接待所らしきテントがある。中にはオバちゃんたちが数人。こちらを見ながら誘ってくれるので、寄ることにする。テントには、日和佐トンネルで会った７３歳のおじさんがいた。お接待のオバちゃんたちは４人で、毎日交代でやっているとのことで、お茶とお菓子をいただく。気付くと記帳のノートがあったので、見てみると篠原さんの名前があった。オバちゃんたちに聞いてみると、牟岐まで汽車で来て、ここから歩いていったらしい。
　昨日、薬王寺の階段を下りるとき、佐々木さんの歩き方ではだめだと、山歩きが趣味の篠原さんが模範を見せてくれたのを思い出した。ついに、交通機関を利用するほどきつかったのか、いやそうではなく、２５日ごろには帰るといっていた篠原さん。司馬遼太郎の世界を経験するためスケジュールを考えてのことだろう。これで篠原さんには会えないだろうと、なんだか寂しくなってしまった。しかし、先に行っているはずの古川さんの名前がない。少し心配である。
　ゆっくりと休ませてもらった。お接待といって歩行者用の反射板付きタスキをいただき、御礼を言って出発。今回は番外札所が多い。その中の草鞋大使到着。しかし、国道脇にぽつんとある仏さまであった。草鞋大使というからには足にご利益があると思い。足のことをお願いする。それから、いよいよ海が見えてきた。太平洋だ。海を眺めながら歩く。これからは延々と海沿いの道を歩くことになる。
　トンネルを抜けると、鯖大師の看板。鉄道の線路の向うに大きなお寺の屋根が見える。かなり大きなお寺のようである。鉄道の下をくぐると鯖大師に到着。番外札所も道脇の小さな仏様から、こんな立派なお寺まで様々である。お参りと納経を済ませ、宿坊の場所を尋ねると、予約をしているのか尋ねられるので、昨日電話した佐々木ですと告げると、「うん」と一言。昨日、予約するとき薬王寺からだと距離が短いのでここへ来てキャンセルする遍路がいる。あんたもそうなるんじゃないかと言っていたダミ声の持ち主だった。
　左手の立派な宿坊に行く。受付してくれた女性は、昨日ダミ声の坊様と同じことを聞いた女性だった。それはともかく、歩き遍路は相部屋で、すでに先客がいるらしい。部屋へ入ってみると古川さんがいた。２時過ぎに到着したらしい。続いてあの７３歳のおじさん到着。風呂に行くと、団体客も泊まるわりには4人くらいしか入れない。早く到着してよかった。洗濯を済ませ、部屋でそれぞれ荷物の整理をしたりして過ごしていると、5時過ぎになって宿坊の職員が、もう一人泊まる予定の人が着かないと心配して部屋を見に来る。聞くと例の日本１週の彼らしい。古川さんによると、彼は、札所だけではなく遍路ガイドに載っているすべての番外も廻っているらしい。６時にようやく到着。職員が夕食に遅れないように催促に着たので、大広間に行ってみると例のダミ声の坊様が説教をしていた。住職なのだろう。それも終わり、皆で合唱して食事開始。宿坊は、お酒は飲んではいけないと思っていたが、般若湯ということで飲んでいいらしい。大広間の入り口にビールと酒の自動販売機。早速買いに行く。
　食後も古川さんと酒を買い込んで、部屋で飲むことにする。４人で盛り上がってしまう。しかし、古川さんの足は、豆だらけで足の具合は相当に悪そうである。
　古川さんは、香川県の出身で、現在、東京で従業員６０人を抱える会社の社長さん。これまでの自分を振り返り、反省し、さらに向上させるために八十八箇所に来たらしい。出発に際しては、家族はもとより従業員の皆さんが、社長の留守中自分たちで頑張るからと快く送り出してくれ、また、町の経営者仲間が盛大に送別会をしてくれたらしく、毎日足の痛みと戦いながらも、何時断念しようかと頭をよぎるが、家族と会社の従業員、経営者仲間の顔を思い浮かべると、止めたくても止めれない。帰りたいけど帰れない。帰るわけにはいかない。だから必死に歩いている。と話をしてくれた。自分に課題を課し、足を痛め辛いなか必死に歩いている古川さんの話に痛く感銘を受ける。それに引き換え、靴のサイズのせいで足が痛いとはいえ、本当に必死に歩いているのか自分のことが情けなく思えてくる。同時に、この四国に何をしにきたのか改めて考えさせられる言葉となった。
　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歩行距離：１９．７ｋｍ）