第13日

　５：００に一度は目を覚ましたが、気づいたら５：３０。急いで身支度をし、昨夜作ってもらったオニギリを食べ、フロントへ。古川さんも降りてきた。今日は、朝から本降りである。カッパにザックカバーの完全装備で、７：００出発。奈半利の町に入る、先発していた黒川氏を抜き、歩いていると、コンビにで室戸岬で会った外人さんが、軒下でパンを食べていた。朝食らしい。挨拶をして、先を急ぐ。
　隣合わせの田野の町に入る。立派な建物が多い落ち着いて町である。家々の趣がいい。鰹船主会館とある。鰹で栄えた町なのかもしれない。
　それから道は町から離れ、しだいに山の方に向かっていく。麓まで来たところに鉄道が走っており、そのガード下にテントが張ってあり、傍らで女性が本を読んでいた。野宿の女性遍路とは恐れ入った。それも、人家もあまりない所で。自分にはできそうもない。恐れ入りましたと言う感じ。
　
　いよいよ山に向かって登りとなり、神峰寺までは３キロ半の道のりである。。上を望むと途中から、ガスがかかって山頂は見えない。だんだん勾配がきつくなってきた。カッパの下は、汗で濡れてしまっている。ゴアテックスと言えど、雨で湿気が高いうえ、登り歩きのため汗の出方がこう多くては、排出しきれない。
　
　雨の中をさらに登る。にわかに胸にこみ上げてくる。いつしか、泣きながら歩いている。まだ小さい頃、父の背中に背負われ、ガスのかかった篠栗の山道を行った記憶が甦ってきた。母もいた。近所の人たちもいた。皆、ガスのかかった山道を雨に濡れながら歩いていた。自分は父にしっかり背負われ、傍らの母にも見守られている存在だった。あの時、二人はどんな思いで、あの雨の中の道を歩いていたのだろう。あの頃どんな気持ちで生活していたのだろう。あの頃、自分はまだ小学生にもなっていなかった。二人は働き盛りの若い夫婦だっただろう。
　今、その年齢に達した自分が、あの時と同じ雨の中、ガスのかかった道を一人黙々と歩いている。二人のこれまで歩んできた苦労、自分を育ててくれたことを思うと涙が溢れて止まらない。今、自分はこれまで打ち込んで来た仕事に区切りを付け、新たな道を歩いていこうとしている。まだ、家庭も持っていない。二人に比べれば、人生経験も苦労もまだまだである。その二人に背負われた自分を思い浮かべながら、親への感謝、二人の苦労、そして自分の未熟さを思い、同時にこれまで色んな人との縁に生かされここまで歩いてくることが出来たことを思う。そしてこれからしっかりと歩いていかなくてはならない。今回、四国へ来たのは、このことを確認するためだったのかもしれない。
　
　気持ちも落ち着いてきた。さらに歩く。上からおばちゃんが降りてくる。お年は６０代後半といったところ。すごいもんだと敬服してしまう。それから、車道から遍路道へと入る。今回、できるだけ車道より遍路道を選んで歩くようにしている。しかし、歩くのには車道のほうがずっと楽である。九十九折の車道に出ると、また遍路道へと入る。もう終わってほしい。下りは絶対に車道を行こう。
　やっと神峰寺の駐車場に到着。車もそこそこの数。車でのお遍路も、この先は歩かなくてはならない。歩きに関してはこちらが速いから、簡単に抜き去ってしまう。そんなつまらないことで喜ぶ愚かな私である。
　
　27番神峰寺境内に到着。ここはNHKの四国遍路の番組で、滝田栄さんが来たところで、庭園が美しかったので楽しみにしてきた。しかし、すぐ前のお堂が普請中で、工事シートがかかっているのでお寺との全景は見ることができない。それでも、きれいに管理された美しい庭園である。庭園の脇に湧き出ている水をいただき、本堂へ行きお参り。やはり、今日の道中のせいか、これまでで一番丁寧なお参りとなる。大使堂にもお参りを済ませ戻るとき、お寺の方が、遍路が収めた納め札を箱から大きなビニール袋に移していた。こういう光景はあまり目にしたくないものである。
　
　境内へ戻り納経をする。鐘を突いているお遍路がいたので、自分もと鐘を付いていいかと聞くと、来たときにつくものでお参りが終わった後はだめとのこと。知らなかった。歩きかと聞かれ、そうだと言うと、お茶とお菓子を接待していただいた。軒下のベンチでいただく。おいしい。庭園の藤が満開である。来たときは、桜の季節だったのに、春の季節はめまぐるく花が咲く美しい季節である。
　
　ゆっくりしすぎて汗がひいて寒くなってきた。腰を上げ、１０分ほど登ったところにある神峰神社にもお参りし、山門まで戻ってくると、下のコンビにで会った外人さん。記念に写真を撮らせてもらう。それがきっかけとなり、二人で山を降りる。彼はアメリカのマサチューセッツ出身で、名前はチャーリー、２８歳。大分で英語教師をしているらしい。マサチューセッツといえば、ボストンやら、ハーバードなどということになるのだが、こういう時に限って出てこない。浮かんできたのはビージーズの「マサチューセッツ」。年代の違いか、ビージーズは知っていても、この曲は知らなかった。それでも、片言の日本語と英語でも会話が成立するもので、あっと言う間に麓に到着。
　
　それからしばらく歩いたところの「大山茶屋」で昼食とする。中に入ると店の人が、雨で濡れたでしょうとタオルをくれたり、いろいろ世話を焼いてくれる。ざるそばとおでんをいただき、ゆっくり二人で話をする。彼は、世界各地をトレッキングしているらしく、次はチベットを歩くらしい。３０歳になったら、故郷に帰り仕事に就くつもりだと言う。山の中に入って歩くのが好きな私には、羨ましい限りである。
　
　店を出るときも、店の人が笑顔でがんばって歩いてくださいと見送ってくれた。歩き出すと、茶屋の人が教えてくれた昔歩き遍路が野宿をしたという洞窟があった。チャーリーはしきりにここに泊まりたいとえらく気に入り、離れがたいようであった。まさしく自然人である。わたしにはとてもではないが真似できない。それからも、二人で歩いて、安芸市内に入る。彼は、これから野宿の場所を探すということで、無事を言って別れ、１５：１０西内旅館到着。
　外観は旅館だが、部屋はオートロックのユニットバストイレつきのビジネス旅館。部屋に入り、濡れた服を脱ぐ。しかし、靴下はまったく濡れていない。さすが、ゴアテックスの靴はすごいと感心してしまう。洗濯をし、風呂に入らせてもらい、日記と絵葉書を書く。時間も６時を過ぎ、この旅館は食事がないので、教えてもらった居酒屋に行く。たまにはその街に入り込んで食事をするのもいいものである。カウンターの店員さんから安芸のことを聞かせてもらった。そのため、今日もビールとお酒を２本飲んでしまう。オニギリをたのみ、閉めて4,500円。宿に帰ると布団が敷いてあった。ありがたく布団に入る。９：３０就寝。

　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（歩行距離：２３．３ｋｍ）