07.5

　5時起床。今朝の朝食もアジの開き、生卵、しっかりいただく。あいそのいい息子さんは作業着姿。今日も仕事とのこと。
　身支度を整え、6:50出発。坂道を下り、海岸通に出る。昨日、後戻りした道を行くと、橋を渡り、いよいよ足摺への道が始まる。遍路標識は車道から、山手のほうへ向かえとなっている。急な登りの山道となる。スカイラインに出ると、さらに山道へと入っていく。道は二又となる。標識が木に立てかけてある。少し気になるが、矢印どおりに右へと行く。だんだん道に草が目立ちだした。くもの巣が体にまとわりついてくる。今朝はまだ誰も通っていないようである。日焼けした腕に、木々の枝や草が腕に当たり、チクチクと痛い。少し不安になりながらも、そのまま進む。するとまた二又になる。右に行くと、方向的に海岸道路に出てしまいそうである。遍路地図によると2キロ近くの遍路道のはずである。左の道は急な下りだが、赤と黄色の目印があちこちの木につるされている。左の道を選ぶ。だんだん下りの傾斜がきつくなる。先が見えないほどの急坂。これではお遍路ではなく、登山である。これは道を間違えたと思うが、この急坂を戻らなければならない。とても登る気になれない。目印があるからには、道には違いないと思い。そのまま下りることにする。更に傾斜はきつくなり、木に掴まりながらでないと下りられない。もう進むしかない。やっとのことで谷沢に出る。目印は谷を渡った斜面を斜めに上っている。目印に従うしかない。かなりきわどい狭い道。道といえるのか。だんだん道の姿をなさなくなり、尾根に出る。目印は消えてしまった。完全に立ち往生である。ひょっとしてこういうことから遭難するのかと頭をよぎる。
　戻る勇気もなく、コンパスで方向を確認し、とにかく海岸の方へと向かうしかない。水の流れる音が聞こえてきた。しかし、遭難したときは谷ではなく、尾根に向かえと言う。迷うが、山岳ではないから大丈夫だろうと、音の聞こえる方向へ下っていく。幅2メートルほどの沢に到達。向こうには道らしきもの。車の通った後と思われる跡もある。向こう岸に渡り、下っていくと、重機の部品らしきものが野ざらしとなっている。人の痕跡である。ほっとした。我に返ってみると、汗だくである。しかし、車道に出るまでは安心できない。ザックをおろし、一服して気を落ち着ける。
　道をそのまま進んでいくと、ほどなく車道に出た。遭難するかと思った。本当にほっとした。しかし、周りの景色を見渡してみると、登りだした所と風景はほとんど変わっていない。1時間かかって、ほとんど進んでなかった。がっくりとするが、ケガもなく戻ってくることができただけでもありがたいと思い直す。
　気を取り直し、歩き出す。道は海岸道路。小さな半島を廻ったところに、本来出てくるはずの出口があった。ほどなく小さな集落が現われる。集落内の道に下りていくと、小さな谷あいにひしめき合うように家が建て込んでいる。平家の落人ではあるまいが、最初にここに住んだ人はえらいと思う。ここにも鰹節工場がある。漁業で生計を立てている人がほとんどなのだろう。
　集落を抜け、県道へと出る。1時間のロスを取り戻さなければならない。ピッチを上げながら歩く。1キロほど進んだところで、また遍路標識が山へ向かえと指している。先ほどのことが、頭をよぎるが、遍路地図を見るとかなりのショートカットになりそうなので、遍路道に入る。それでも不安を抱きつつ上っていくと、上のほうからお遍路さんが下りてきた。今度は間違いない。ほっとする。それでも地図を確認しながら慎重に歩く。途中、地図を見ながら立ち往生しているお遍路さんがいたので、今来た道を教えてあげる。彼も相当不安だったに違いない。それから車道へと出て、けっこう歴史の古そうな遍路道を下る。歩きやすい道で、かなりの早足で下る。
　そして予定通りの地点で車道に出る。けっこう時間が稼げたはずである。それから、また集落が現われ、集落内を抜けたところにお弁当の旗。昼食をどうしようかと思っていたので、ありがたい。500円の弁当を購入。残りはあと２～３キロ。必死に歩く。
　民宿街が見えてくる。そこを抜けると突然ホテルのビル群が現われる。さすが観光地足摺岬である。車の進入規制も行われている。観光客に混じってお遍路の姿も結構見られる。歩道は、人が行列をつくり、皆、岬へと向かっていく。すれ違う人の中に、一昨日同宿の千葉の方と偶然出くわす。彼は、昨日はよく４０キロ歩いたねとねぎらってくれた。彼は、東海岸を来て、今度は西海岸を戻るらしい。それから、一段と人がいる所へ来た所で、１０：３０「３８番金剛福寺」の山門に到着。
　山門前は、出店も出ていてかなりの賑わいである。お参りの人の大半が観光客と車でのお遍路。手を清め、中に入るとなかなか立派なお寺。本堂、大使堂にお参りを済ませ、納経所へ。順番待ちである。自分の順番が来ると、中の坊さまが歩きかと聞かれるので、はいと言うと、生年月日を聞かれ、自分の干支のお守りをお接待していただいた。
　寺を後にし、岬へと向かう。人手ごった返している。さすがにゴールデンウィークである。展望台へと行ってみると、室戸岬とはまったく逆で、岬の下は断崖絶壁。眺望も素晴らしい。記念写真を収め、広場のベンチで一服。そこで一昨日同宿の、もう一人の姫路の方に会う。挨拶を交わし、出発。今度は東海岸を戻ることになる。道はウバメガシの森の中を行っており、きれいな道である。さきほどの姫路の方が追いついてきて、しばらく一緒に歩くことになる。彼は、昨夜泊まった宿に、荷物を預けてきたらしく身軽である。今日は、４０キロの行程とのこと。来た道を戻るのだが、来るとき、遍路標識に従って歩いてきたが、えらく複雑でかなりロスをしてしまったので、帰りは車道しか歩かないとおっしゃる。
　歩調がゆっくりのため、お先に失礼して歩く。すると道は左へとカーブしており、遍路標識がまっすぐ進んでいたが、先ほどの彼の言葉があったので、車道を行く。カーブを戻ってきたところで、彼は遥か先を歩いていた。
　次の目標は、１０キロ先の以布利の休憩所。とにかくハイペースを保ちながら歩く。東海岸は、西海岸にくらべ海への傾斜が緩やかに思える。道脇には家が点在しており、畑もあちこちに見られる。しかし、地図上にある距離のポイントを目標にしているのだが、なかなか着かない。これまでの歩きで、時速５～６キロで歩くペースは体が覚えているはずである。１３時には以布利の休憩所に到着予定であったが、まだ１０キロ近くある。途中、車道から海岸沿いの遍路道を抜けたところで、姫路の人が後ろを歩いていた。少し気分が良かった。
　それから、再度遍路道に入ると急激な下りの階段。それも延々と続く。姫路の人ではないが、これを上ってくるのはさぞ大変だっただろう。階段を降りたところで、窪津の町に入る。目的地はまだ５キロ先である。こうも距離が稼げないとくさってしまいそうになる。やっとの思いで、１３：５０以布利の休憩所到着。こんな時間に昼食になるとは思わなかった。屋根つきの休憩所でゆっくりさせてもらう。足の痛みはかなりのもので、靴を脱ぐと、足に血がドッと廻ってくるようで気持ちがいい。
　この先はあと１０キロ以上もある。これまでのペースだと２時間以上かかる。時間は２時半。重い腰を上げ、出発。歩き始めはなんとも辛い。開放されていた足が、靴で圧縮され、さらに地に着くたびに下からの圧力で更に圧縮され、たまらなく痛い。びっこを引きながら、歩いていると段々慣れてくるというか、麻痺している状態なのだろう。その痛みに耐えながら、１０キロ先の、昨日の休憩場所を目指して必死に歩く。雲も厚くなり、腕の日焼けが痛まないだけでもありがたい。やっと目標に到達。最後の一服をして、あと２キロ。本当に必死に歩く。やっとの思いで５時前に民宿「安宿」到着。中に入ると既にかなりの遍路が到着済みのようである。宿のご主人から、今日の行程を聞かれたので説明すると、それは４０キロ以上歩いているとおっしゃる。遍路地図では３０数キロのはずであるが、彼曰く遍路地図の足摺からの２２キロとなっているが、自分が計ったところ２８キロはある。したがってあなたは４０キロ以上歩いているとおっしゃる。そう言われてみると、足摺を出発してから、なかなか距離が稼げなかったのが理解できる。ご主人の意見を採ると、４０キロ歩いたことになるので、そちらを採用することにする。
　予約した時に相部屋とは分かっていたが、２階の部屋に通されると６畳間。なんとも狭い。これだけ狭い部屋で相部屋と言うのは始めてである。もう一人の方が、風呂から上がってくる。定年明けの岐阜から来たという人の良さそうな方で安心した。彼は通し打ちの予定だが、足の痛みもかなりで、早く帰りたいとおっしゃる。足の治療を見ていると、あちこちのマメが破れ痛々しい。
　順番が来たので、風呂に行くと、湯船の風呂の湯の色を見ると入る気にはなれない。ゆっくりと湯船に疲れ浸かりたかったのに。体を洗うだけにする。洗濯を済ませ、食堂に行くと、客は１４、５人ほどのようで賑わっている。誰しも今日の行程の苦労を労っている。部屋の広さはどこも同じだから、皆相部屋なのだろう。これも宿の方針だから仕方がない。一昨日宿を予約しようとしたが、どこも満室で断られた。ここが相部屋だったから、泊まることができたと思うことにする。部屋に戻り、マメの治療をする。明日の天気は雨の予想である。自分のほうが１時間先に出発するので、明日の支度をして８：３０就寝。

　　　　　　　　　　　　　　（歩行距離：３５ｋｍ）（４０．５ｋｍ：安宿説）